実る程こうべを垂れる稲穂かな

思ったことを気まぐれに書きます

カルト宗教二世の苦しみ

7月8日11時40分。

息子とテレビを見ていたら衝撃的なニュース速報が映し出され、現実のこととは到底思えなかった。

18時前にはついに訃報が流れ日本中が悲しみとやり場のない怒りに包まれた。

 

政治的なことはよく分からないのでここでは一切触れないが、犯人の動機がカルト宗教二世が故のものと知り、なんとも複雑な想いが巡ったので子供の頃の自分を慰める意味も込めて少し自分自身のことを振り返ってみたいと思う。

 

目次

 

元カルト宗教二世の私

私は「元カルト宗教二世」だ。

「元」というのは、もう母がその宗教を信仰していないからだ。

ある日突然呪縛が解けたと言ってもいい。

だが、私自身はいまだに、あれはなんだったんだろうと時々思うし、勝手にスッキリサッパリ足を洗ってほとんど悪びれる様子もなく自由奔放に生きている母にほとほと呆れている。

物心つく前から母の信仰に付き合わされ、子供心に不自由さと違和感を覚えていたのに、子供が故にその違和感を言語化できず、言語化できたところで親の管理下にあるうちは圧倒的に無力で何もできず従うしかない虚しさ。悲しかったよね、子供の頃の自分よ。

まぁ要するに今流行りの親ガチャという概念に当てはめれば、私の場合はこの点において若干ガチャ失敗と言ったところだろう。

ただ、親子と言っても所詮他人だし、全く違う人格を持っている。

親だから「できた人間」というわけでもないし、ましてや「エラい」わけでもない。

親に対して聖人君子であることを求めるのは到底無理だし、酷だ。

だから結婚して距離ができた今では客観視できて、まぁ仕方ないか、と思えるようにはなった。

 

 

母について

簡単に私の母を紹介しよう。

私の父は、母と結婚してすぐに浮気し(実際いつから浮気していたのかは分からないが)、ほとんど家に帰って来なかったという。

母は私を妊娠している頃から大変な思いをしていたようで、ある人物に相談していたらしく、その人から宗教に勧誘されたらしい。

ここから母の約20年にわたるカルト宗教どっぷりライフが始まったわけである。

私自身、息子を出産し、子育ての大変さを日々痛感しているので、見知らぬ土地で母と乳飲み子だけが置かれれば、母が不安定になったことも理解はできるが、だからと言ってなぜ宗教にハマるのかという心理的なメカニズムはやはりよく分からない。

 

母はその後すぐに離婚し、実家に戻ったが、私が10歳の時に再婚し、そして妹が産まれ、私が20歳の頃に再び離婚した。

今は実家の近くで高校生の妹と二人で暮らし、自営業でバリバリやっている。

母の人生は客観的に見れば波瀾万丈。私から見れば単なる台風の目である。

常に母を中心とした台風に曝され振り回されてきた。

 

 

母がハマったカルト宗教

特定を避けるため宗教名や詳しい教義、固有名詞は明示しないが、ここでいうカルト宗教は仏教系とだけ言っておこう。

 

とにかくこの宗教は先祖がどうたら、因縁がどうたらと言って数万〜数十万円する物品を購入させたり、儀式を受けさせたりしていた。

母も例に漏れず様々なものに課金していた。

 

その他、

  • 毎日15分ほどお経を唱えさせられた
  • 月に一度、地域の拠点で法要があり車で2時間かけて行った
  • 年に一度、大きなイベントがあり、遠路はるばる遠征した
  • 日々の言動は教義に沿ったものを求められた

これらを押し付けられ、とにかく付き合わされた。

 

いまだに悲しい、というか切ない思い出となっているのは、月に一度、地域の拠点での法要に行かされたことである。

私が住んでいた地域には大きなショッピングモールや遊園地などはなく、拠点のある地域にはそういったものがたくさんあったので子供の頃の私はそこに行くと聞けば遊びに行けると期待していた。

しかし、行くのは宗教の施設。嫌々参拝させられ、おじさんやおばさんに声をかけられ、母の用事が済むのをじっと待つしかない。最悪だった。本当に最悪。

また、母は、特段法要などがない時でも用事のついでに少しでも時間があればその施設に寄りたがった。

今日?今から行くの?買い物に行けないの?と何度思ったことか。

今思い出しても子供の頃の私が遊びたくてたまらなかったのが痛いほど分かる。

現在、妹は母と楽しく映画を見に行ったり買い物をしに行っているというのを聞いて、私も純粋にそういうことがしたかったんだよなと悲しくなる。

 

課金の総額は一体いくらになっていただろう。

恐ろしくて聞くこともできないが、そのお金を教育資金として貯めてくれていればと思うと、もう少し大学時代に借りた奨学金の額を減らせたのではないかと、どうにもならないタラレバを募らせてしまう。

 

 

なぜカルト宗教にハマるのか

なぜカルト宗教にハマるのか。

私はハマった本人ではないので本当のところは分からない。

本人の気質によるところもあれば、育った環境によって捻じ曲げられた認知機能による部分もあるだろう。

 

母曰く、母の母、つまり私から見た祖母の育て方の影響も少なからずある。

もっと愛情が欲しかった。子供たちの前で父の悪口を言ってほしくなかった。

……などなど。

しかし祖母自身も愛情不足で育ち、愛し方が分からない。

よく、虐待は連鎖するというが、愛情不足も連鎖するのだ。

 

こうして生きづらさを抱えた母は、男性を見る目が育っていない上に、そりの合わない祖母から逃げたい一心で結婚に走り、結果的に結婚生活に二度失敗した。

根本に愛情不足と生きづらさを抱えた母は孤独感を募らせ、「なぜ自分がこのような状況にあるのか」というその原因を探りたくなったのではないだろうか。

そこで出会ってしまったのが宗教だったわけだ。

 

人は、原因不明の痛みや苦しみに名前がついた途端少し気持ちが楽になることがある。

これと似た感覚なのではないだろうか。

 

「あなたが苦しいのは成仏していないご先祖様がいるからですよ」

「あなたは前世で悪いことをしたから今苦しんでいるんですよ」

 

といった具合に。

何事も捉え方次第で気が楽になるのは事実なのでそれで救われるのはいいのだけど、ここで終わらないのがカルト宗教の恐ろしさ。

 

「ご先祖様を供養してあげたらあなたの苦しみも解かれますよ」

「現世で功徳を積めば来世でもっと楽に生きられますよ」

 

ってね。

普通の感覚であれば「なんやそれ」ってなることも、一人で悩んで絶望して迷い切ってしまった人間というのはあっという間にこの理屈に洗脳されてしまうのよね。かなしいかな。

孤独感の強い人間は「話を聞いてもらえた」というだけでも簡単に心を開いちゃうしね。あぁいいカモだ。

 

だから母が入信してしまったことに一定の理解はできる。

当時の母の状況なら仕方なかったんだねと。

 

 

二世の苦しみの本質

それで、入信するのがその悩んでる張本人だけならまだいい。

ところが結局、宗教団体は金儲けしてナンボだから家族や友人を巻き込ませようとする。

これがタチが悪い。

 

大人ならまだ判断力があるから拒否もできる。

 

子供なら?

ひどいと胎児のうちから勝手に登録されてたりするんだから全く手の施しようがない。

本人の意思なんか完全に無視。

仮に拒否できる年齢であっても親の庇護のもと生きるしかない子供には実質拒否権なんてものはない。

100%被害者。

本人が入信を望んでいないのなら、子供の人格や人権を無視した立派な心理的虐待だと思う。

 

だから、カルト宗教二世の苦しみは痛いほどよく分かる。

縛られて振り回されて嫌というほど無力感を味わわされる。

私の周りにいたカルト宗教二世の子たちは、妙に気持ち悪いくらい純朴で「良い子ちゃん」が多かった気がする。

子どもらしさを奪われるからかな。

 

とはいえ、私の場合は母や宗教団体を心底恨むほどには至っていないし、たとえ恨んでいたとしてもそれが他人を傷つけていい理由には絶対にならない。

しかし、今回の事件は一人の尊い命と引き換えにものすごく大きな問題提起をしているように思う。

今まで信教の自由として見過ごされてきたカルト宗教二世。

この苦しみを一人でも多くの人が乗り越え、これ以上望まぬカルト宗教二世が生まれないことを切に願う。

9ヶ月になると育児の質が変わった話

実感として、なので科学的根拠があるわけではないのだが、9ヶ月になって明らかに育児の質が変わったと思う。

2歳の「イヤイヤ期」は有名なのでそれなりに心づもりしているが、まさか「魔の9ヶ月」があるとは思っていなかった。

 

目次

 

睡眠

息子の場合、2ヶ月に入った頃からほぼ夜通し寝るようになり、5ヶ月くらいまでは日々のルーティンをこなしていれば結構セルフねんねしてくれて、19時台には夫婦でゆっくり夕食を食べることができ、その後は自由時間という感じだった。

……のだが、8ヶ月後半あたりから徐々に雲行きが怪しくなってきて、最近ではセルフねんねなど夢のまた夢となっている。

とりあえず添い寝してみて這い出してぐずるようなら抱っこ、それでもダメなら夫が夜の散歩に連れていき、1時間以上かかってようやく寝かしつけ完了ということがもっぱら。

ひどい時は3時間くらいかかることもあり、夫婦共々ヘトヘトの毎日。

 

21時頃やっと寝ついたかと思えば、4時頃には泣き出し再度寝かしつけようとしてももう寝ないのでいつも夫が起きてくれている。

夫は仕事もあるので申し訳なく、本当は私が起きるべきなのだろうが基本的にロングスリーパー気味な私はなかなか起きられないのでついつい甘えてしまっている。

少し前までは息子が寝た後テレビを見たり、資格の勉強をしたりして0時頃就寝していた私たちだったが、こんな感じで息子が超早起きなのでとても身体がもたないということで、最近は22時半頃には就寝するようにしている。それでも私は起きられないのだが。

 

発達

7ヶ月の終わり頃からずりばいをし始め、ほぼ同時につかまり立ちもし始めたので、8ヶ月以降は運動機能の発達が急速に進んだ。

 

それと同時にさまざまな物事への興味関心も広がり、とにかく目につくものは手に取る、口に入れる、落とす……じわじわと目が離せない時間が増えていき、今では一瞬たりとも目が離せなくなっている。

 

テレビは電源がついていようがいまいが関係なくにじり寄って画面をペチペチ。

正面はローテーブルでガードできるのだが、左右はカバーしきれないので両側の角から攻められる。

そろそろアクリル製の画面カバーが必要かなぁと思っている。

我が家のテレビは数ヶ月前に買った55型の有機 ELなので傷つけられたらかなり辛いが、画面カバーは1.7万円くらいするらしく決して安くないのでまだ躊躇っている。

でも傷つけられた時の損失の方が大きいから遅かれ早かれ買うことになりそうだ。

 

また、取手のついた扉があればパタパタ開閉。食品入れや食器棚も開閉するのでついにダイソーの扉ロックを買って取り付けた。

 

育児は予想外のヒヤリハットの連続なのでできる予防はなんでもやっておかなければならない。

それでも防ぎきれない部分もあるのだが。

 

指差しっぽい動きは9ヶ月に入る頃からし始めたが、それ以外の両手「パチパチ」とか「バイバイ」はまだしない。

10ヶ月健診のチェック項目にあるので教えているがなかなか習得しない。

とりあえず焦らずに見守ろうと思う。

 

後追い

ずり這いをするようになった頃から後追いするようになった。

それまでも姿が見えなくなると泣くことはあったが、実際に動いて追われるようになると周辺の安全も確保する必要があるので精神のすり減りようが段違い。

正常な発達の証だと分かってはいても現実問題として、家事が全く捗らないので本当に大変。

目と手が足りない。マジで足りない。

自分の分身がもう一つ欲しいと本気で思う日々。

 

離乳食

5ヶ月から離乳食を始め、進みは順調。

息子はよく食べるので「食べてくれない」という悩みは皆無で、むしろ「もっとくれ」と泣かれることが多い。

基本的に手作りで、市販のベビーフードはお出かけの時に使うくらい。

冷凍のストックを作っておいて、毎回食材の組み合わせを変えている。

 

9ヶ月から3回食になったが今のところ特に問題なく進んでいる。

強いて言えば、授乳・ミルクの加減が難しいことが少し悩み。

息子はかなりしっかり食べられているので、ミルクを飲ませすぎるのもどうなのかと思い、授乳は1日1〜2回になっている(体重が成長曲線を突破するくらいの時期もあり、ドクターストップで(笑)、100ml〜120ml × 3回/日 をあげていたので元々少なめではあった)。

 

栄養的に問題がなければ卒乳になりそうなのだが素人判断はできないので、10ヶ月健診の時に聞いてみようと思う。

 

9ヶ月の大変さの正体

育児はそもそも大変なものなのだが、なぜ9ヶ月で育児の質が変わったと感じるのか。

一番の要因は【子供が自分の意思で動き出したこと】だろう。

 

動き出す前は育児というよりむしろ「介護」「お世話」に近い。

ほぼこちらの思い通りに寝かせたりミルクをあげたり、コントロールできていた。

 

ところが子供が動き出すと途端に「育児本番」になる。

完全にアウト・オブ・コントロール.。

自分とは別の人格・意思を持った人間と対峙しているという感覚。

一人の人間を育てているという実感が湧き、いよいよ育児が始まったのだなと痛感する。

 

育児は忍耐・我慢の修行。

息子が成人した時、私自身も人間としてひと回りもふた回りも大きく成長していたい。

映画「ベイビー・ブローカー」感想(ネタバレなし)

是枝監督の作品は「そして父になる」くらいしか観たことがないのだが、この作品はあらすじを斜め読みしただけでビビッと来た作品だった。

 

いざ映画が始まってみると、タイトルから抱いた「極悪なブローカーのエグイ話かな……」というイメージとは裏腹な雰囲気が徐々に漂ってくる。

 

物語の序盤に散りばめられた伏線が、中盤からクライマックスにかけて「自然な形で」見事に回収されていくのがとても心地よかった。

必要な部分はしっかりと描きながらも観る者の想像で補完して差し支えない部分は描き過ぎない。それがエンドロールで感じる余韻に繋がっていた。

 

さりげなく美しい劇伴も注目すべき点で、音の「引き算」をしながら作られたというその音たちは、確かに映画にそっと寄り添っていて、観る者の感情を「自然に」変化させていくことに大いに貢献していたと思う。

だからと言って完全に記憶に残らないものではなく、後からサントラで聴き直したいと思えるほどには曲としての独り立ちもしていた。

 

また、演出の緻密さにも心底感動した。

画面の端でリッチェルのエアー式のベビーバスを萎ませているのを目で捉えた時は「めちゃくちゃ細かい!」と驚いた。

育児をしている身としては育児に対するリスペクトも感じられて、その点でもとことんリアルを追求していることがよく分かった瞬間だった。

 

ネタバレなどするまでもなく、とにかく興味のある人はとりあえず観てほしいと思う。

話はそれからだ、という感じ。

登場人物それぞれに対していろんな思いを馳せることのできる、二度も三度もおいしい作品なので、鑑賞後、きっといろんな人と語り合いたい衝動に駆られると思う。

児童館で感じる成長

初めて息子を児童館に連れて行ったのは、息子が4ヶ月の時だった。

 

4ヶ月というと、寝返りがやっとできるかできないかくらいで、おもちゃを持たせれば持つが、「遊ぶ」というには程遠い状態だったので、他の1歳児の子どもたちが元気に動き回る様子を見ながら1年後に本当にこんな風になるのだろうかと俄には信じがたかった。

そしてこの時、児童館に行ってもまだ遊べなさそうだと思ったので以来数ヶ月間は児童館に行くことなく家で過ごしていた。

 

8ヶ月頃になるといよいよずりばい、はいはい、つかまり立ち、伝い歩き・・・とどんどん自分の意思で動き回るようになり、底知れない興味関心に突き動かされるように縦横無尽に移動するのですっかり目が離せなくなった。

また、9ヶ月に入るとさらに体力もついてきて、この有り余るエネルギーをどうやって解放させたらいいのか途方に暮れるようになった。

手先も器用になり、おもちゃで遊ぶのも上手になったので8ヶ月頃から再び児童館に行くことにした。

 

久しぶりに行った時は、息子はまだ様子見という感じであまり動き回ることはせず、手に取ったおもちゃで遊ぶという感じだった。

ところが、次に夫が連れて行った時はどうやら様子が違ったようで、かなりはっちゃけていたようなのである。

他の子どもたちがおとなしく遊んでいる傍ら、息子は滑り台を登ったり降りたり、滑り台のてっぺんで雄叫びをあげたりと、保育士さんや他のお母さんたちから一目置かれるほどエネルギー全開で遊んでいたという。

この前に行った時からはとても想像できないことだった。

 

そして今日、私が連れて行ってみたところ……。

確かに一人だけずば抜けてはっちゃけている(笑)

 

ズンズン滑り台を登っていく様子を見た保育士さんに「ほんとに月齢合ってる?って感じだね笑」と言われる始末。

両手におもちゃを持ってカチカチしながら「うわ〜〜」と叫んでいると他の子どもたちも共鳴して叫び出したり、10ヶ月の女の子の後を追ってみたり……とにかくやりたい放題(笑)

穴にボールを入れるとクルクル回って落ちてくるおもちゃでは、初めて穴にボールを入れることができ、その瞬間、その様子を見ていた保育士さんや他のお母さんと一緒に拍手喝采

 

これだけ遊んでくれたら暑い中来た甲斐があるってもんだ。

我が子ながら息子は表情豊かでニコニコと愛想も良いのでみんなに可愛がってもらえて得な子だ。

 

とにかく今日は今までで一番児童館が楽しいと思えた日だった。

 

今日は4ヶ月の赤ちゃんが初めて来ていて5ヶ月前の息子のように、静かに仰向けかうつ伏せでおもちゃや他の赤ちゃんを見ながら過ごしていた。

その様子を見て、赤ちゃんの成長のスピードって凄まじいなと改めて実感。

息子が4ヶ月の時に来た時はちょっと早すぎたかな……と思っていたけれど、今から思えばこの5ヶ月間の劇的な成長と変化を身をもって知ることができたので、早くから連れて来ていて良かったと思った。

 

日進月歩の子どもの成長。

一瞬たりとも見逃せない。

いまやiPhoneのカメラロールは息子で溢れかえっている。

子供が寝ない時のメンタルコントロール 新月って関係あるの?

9ヶ月になる息子がいる。

 

生活リズムは大体整っているのだが、たま〜に何をしても泣いて泣いて寝ない日がある。

「断固睡眠拒否!」と言わんばかりに仰向けに置こうとするなり仰け反って泣くのだ。

 

「寝ない」というのは育児あるあるだが、理由もなくギャン泣きされ続けるとやはり堪える。

 

そんな時、何かしら「理由づけ」をしたくなるのが人間の性なのだろうか。

 

ふとカレンダーを見ると、翌日の欄に「新月」のマーク。

 

そういえば、出産は満月や新月の日に多くなるらしいと「コウノドリ」で言っていた。

私の出産は全く関係ない日だったが。

 

月経や出産など女性の営みが月の引力と関係するならば、女性のお腹から出てきて1年にも満たない赤ちゃんが月の引力の影響を受けたとしてもどことなく頷けるような気がする。

 

……なんてことを思い、「新月だから」寝られないんだね、と自分を納得させ、ガンギマリのお子を前に悟りの境地に至ったわけである。

 

そして、新月の翌日にはまたいつも通りのリズムを取り戻したようで、やはり「あながち……」と思う自分がいた。

 

一応、【新月 赤ちゃん 寝ない】でググってみたが、あんまりそれらしいページはヒットしなかったので気のせいだろう(笑)

 

基本的に科学的根拠のないスピリチュアルの類は好きではないのだが、そういうものに縋りたくなる気持ちはまぁ理解できる。

要するに、物理的にしろ、非物理的にしろ、その場から一旦離れて客観視することが大事で、そのためには多角的に物事を見ることができる必要がある。

そのために、メタ認知を持った上でメンタルを保つためと自覚しながら「利用する」分には悪くはないと思う。どっぷり浸からなければ。

 

もういいかい、もういいよ

【「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ】

俵万智さんの歌である。中学生の頃の担任が国語の教師で、俵万智さんが好きらしく、よく学級通信などに歌を載せていた。

この歌を初めて知ったとき、疑う余地なく「たしかに」と得心し、じんわりとあたたかい気持ちが広がったことを覚えている。

 

今、とある大きめの団地に住んでいるのだが、放課後の時間になるとマンションの棟と棟の間にある遊び場から子どもたちが元気に遊ぶ声がベランダを越えて聞こえてくる。

 

「みんなしゅーごー!」

と聞こえたかと思えば、かくれんぼをしているらしく、

「もういいかぁーーい」

「まぁだだよ〜」

「もういいかぁーーい」

「もういいよ〜」

という声が聞こえてくる。

 

 

 

いつの世も、どの世代にも少なからずいじめに類するものはある。

あからさまないたずらや嫌がらせであることもあれば、陰でこっそりとじわりじわりとダメージを与えていくようなものもある。

とくに近年は、SNSの利用に伴うものが増加しているというが、閉鎖空間になればなるほど周囲の目は届きにくくなるだろう。私が中高生の頃にLINEがなくてよかったと心底思う。

 

そんな中、近所から子どもたちの仲良く元気に遊ぶ声が聞こえてくると、ほっこり幸せな気持ちになる。

 

ただ、

「もういいかぁーーい」

と聞こえた後、

「もういいよ〜」

が聞こえてくるまでの少しの間に私は少々緊張する。

 

「もういいかぁーーい」

と言った子どもにとって

「まぁだだよ〜」か「もういいよ〜」

が返って来なければ、その瞬間、かくれんぼという遊びはその子どもにとってトラウマ級の経験になるかもしれないからだ。

だから、「もういいよ〜」が聞こえたときの安心感といったらない。

 

別に私自身はいじめられた経験があるわけではないが、若干HSP気味で特に聴覚面が敏感なようなので、耳からの情報により強く反応してしまうらしい。

 

何はともあれ、

【「もういいかい」と問いかければ「もういいよ」と答える人のいるあたたかさ】

を日々感じている今日この頃。

 

大学卒業するとパッタリ更新しなくなる人いるよね

私は、TwitterFacebookInstagramなどたいていのSNSには手を出している。

 

特にTwitterは高校生だった2010年3月に登録し、アカウントをいくつか増やしつつかれこれ11年も続けている。

11年も続けていると、なかなかTwitterも変化したなと思う。

変化した部分を挙げればキリがないが、広告が増えてしまったことはかなり残念である。Twitterの特徴であるリアルタイム性や素朴なつぶやきを楽しむという醍醐味を阻害されている感は否めない。

また、「お気に入り★」が「いいね♥」になってしまったときは本当にショックだった。ツイートに「よい」も「よくない」もないのだ。ユーザーがコレクションしたい、と思ったツイートをそっと「お気に入り」の箱にしまうのがよかったのに。

ユーザー数の増加で、いいねやリツイートの数がインフレした。以前は、1000のお気に入りやリツイートでも十分すごかったが、今では「バズる」といえば1万以上が当たり前である。流れてきたツイートをしっかり読むかどうか、「いいねまたはリツイートが1万以上」を無意識に基準にして決めているフシさえある。

 

と、こうした様々な変化を甘受しつつも私が今でもTwitterを最も愛しているのは、やはり140字という文字数制限と「つぶやき」という概念を気に入っているからだ。

 

ダラダラと文字を連ねられるなら、言葉を見直し厳選するプロセスは軽視されるだろう。文字数制限は、140字以内でいかに自分の考え、思い、気持ちを表現するか、という美学をユーザーに求める。よくTwitterは俳句や川柳、短歌の文化に通じるものがあると言われるが、まさにその通りだと思う。

 

そして、「つぶやく」という言葉には押し付けがましさがない。FacebookInstagramが少し苦手なのは、キラキラ、シクシク、ドロドロ・・・様々な感情を友達やフォロワーに見せつけるために投稿されていると感じるからだ。一方、Twitterのつぶやきは基本的に自己完結であり、誰かに見せつけたり反応を期待したりして投稿されたものではない。この点が両者の決定的な違いではないだろうか。もちろん、Twitterにも例外はたくさんあるが、いいねを押すことが半強制的・脊髄反射的であるInstagramとは一線を画していると考える。

 

 

今日から新年度。新生活の始まりである。

大学や大学院を卒業した人たちは、新社会人として働くことになる。

私がTwitterでフォローしている大学時代の友人などはほとんどが社会人になってしばらくすると、パッタリとつぶやかなくなってしまった。

コンプライアンス的な問題とか、単純に忙しくて時間がないとか、単調な日々でつぶやくようなことがないとか、別に誰かに知ってほしいようなことはないとか、社会人専用のアカウントを作ったとか、人それぞれ様々な事情があるのだろうが、大学時代はわりと更新していたのにパッタリと更新されなくなったアカウントをたまにフォロー一覧から覗いてみたりすると、すっかり時が止まってしまったつぶやきの累々に出会う。そして、なんだか切ないような気持ちになりつつ、皆大人になったんだね、と誰の目線だか分からないことを思ってみる。

 

これまでTwitterをやってきた新社会人の皆さんには、忙しい日々が始まると思うが、ぜひコンプライアンス的な問題には気をつけつつ、つぶやき続けていただきたい次第。

キラキラする必要がなくて、結構いいガス抜きになると思うよ。

 

猫のように生きて、桜のように散りたい

暑くもなく、寒くもなく、私の好きな季節がやってきた。

一年中、春か秋だったらいいのに、といつも思う。

春は花粉があるのでできれば3月下旬から5月下旬の気候でお願いしたい。春からは夏に向けて日が長くなり、気温もぐんぐん上昇する。そんな、ポジティブな空気に包まれる春から初夏が好きだ。

食欲・読書・運動。秋には様々な枕詞がつくが、私の場合は「キンモクセイの秋」。緑の葉の間にびっしりと咲く小さなオレンジの花から放たれるあのなんとも言えない幸せな香りをどうにかして封じ込めておきたいと毎年思う。冬に向けて徐々に寒さを増す中で切なさとともに秋の終わりを告げるのがキンモクセイだ。

 

 

猫と桜。

猫と桜はよく似合う。猫はこたつとみかんだろ、と言われそうだが、なんだかんだ言って猫は野生だから野や山を、時にのんびり、時にぴょんぴょんと歩き回っている方が似合う気がする。もちろん家の中の猫もこの上なく愛している。

猫ほど我々人間の心を掴んで離さない存在はない。飄々として誰にも媚びないが、時に甘える仕草で人間を操るあの絶妙なバランス。そっけなく見せておいて実は面倒見が良かったりする。自分が「かわいい」ということを心底理解し、その瞬間やりたいことだけをやる。まさに「自由気まま」という言葉を具現化したような存在である。

 

 

桜は一週間ほどの間に一気に咲き誇り、一気に散り去っていく。葉桜になってしまった木を見ると、取り返しのつかないことをしてしまったような、恐ろしいほどの喪失感を覚える。花ならば、もう少し長く咲いていても良いのではないか、と地団駄を踏みたくなるような気持ちにさえさせられる。

だが、桜はその一瞬の美しさに全身全霊をかけているからこそ、ここまで心を突き動かされるのだ、と言えるだろう。要するに希少価値だ。一ヶ月も二ヶ月も桜が咲いていたなら、二ヶ月立つ頃にはすっかり見慣れてしまってありがたみもなく、散ってしまっても、あぁとうとう散ったか、くらいにしか思わないかもしれない。

桜もまた、猫と同様に自分の美しさを熟知し、かつ最も愛され惜しまれる形で咲き、散っていくのだ。

 

猫と桜はあざとい。実にあざとい。

「あざとくて何が悪いの?」というテレビ番組がある。

答えは何も悪くない、だ。

唯一の注意点があるとすれば、悪意の有無だ。そこに悪意があるならば、あざとさではなく、狡猾さになってしまう。自分のためだけど誰も不幸にならない、純粋無垢、素直さが大事なのだ。

私が思うに、下手に再現ドラマを作るよりも、猫の生態を分析し、桜の美しさの理由を解析した方がよっぽど本質的なあざとさに迫れるのではないか。

 

 

猫のように生きて、桜のように散りたい。

これは数年前からの私のモットーだ。

現在までのところ、猫の生態模倣、擬態についてはおおかた成功している。これは、優しい夫の存在、専業主婦という立場により実現している。ただ、現実はそう甘くない。奨学金という足枷があるからだ。奨学金を払ってまで進学したからこそ夫に出会えたわけだからどうにかして返さねばならないだろう。人間はツラいよ…。

桜のように散るのはそう簡単ではないかもしれない。自分の死に方はなかなか選べないからだ。とりあえずできることと言えば、ありきたりではあるが、日々悔いなく、何にも執着せず生きることくらいだろうか。

 

 

―――吾輩は猫になる。名前は桜。

 

 

 

何かに誓わないといけないのか?

結婚式や披露宴に関しては数年前から思うところが多々あるので、ここで書き殴らせていただきたいと思う。

 

コロナ禍で業績が落ちた業界を挙げれば枚挙にいとまがないが、そのほとんどが突き詰めれば生活「非」必需品・サービスを扱っているといっても過言ではないだろう。

そして、中でも最も衰退した業界の一つがブライダル業界だろう。ブライダル業界はコロナ禍のずっと前から衰退しつつあったが、コロナ禍でトドメを刺されたようなものだ。

 

私は昨年8月に入籍したが、結婚式も披露宴もしていない。いわゆるナシ婚である。仲の良い友人や夫と出会うきっかけとなったサークルの人たちなど、ごく小規模の、食事会同然の場でプレゼントをもらったりケーキを出してもらったりはしたが、数十人以上の規模のものは行っていない(だから厳密には、「ほぼナシ婚」)。

我々も一応、ゼクシィを買ってみたり、式場を調べてみたりと一通りのことは本気で検討してみたが、結局どれも心からやりたいと思うには至らなかった。

 

新車が買えるほどの大金を払い、手間と時間をかけて準備をした挙げ句、本番でやることと言えば、キリスト教徒でもないのにムニャムニャと神に愛を誓い、ファーストバイトとかいう無駄にでかいスプーンで新婦が新郎にケーキを食べさせるイベントをすることになんの意味があるのか。

まして、親族や友人を長距離移動させた上に、新入社員の給料の手取りの6分の1以上にもなるお金をカツアゲし、約3時間拘束しつつ、新郎新婦らとの交流はほとんどない。そんなことは申し訳なさすぎて私にはできないと思った。

 

この業界がボッタクリなのは確かにそうなのだが、私がナシ婚を選んだ理由は金銭面が大きな理由ではない。

足元を見たボッタクリというのはどの業界でも多かれ少なかれ存在するのであり、その金額を支払っても本人たちにとって金額以上の効用が得られるのであれば、経済の原理として誤りではない。

 

私が結婚式・披露宴にはボッタクられるほどの価値がない、と感じた背景には次のようなことがある。

 

 

「人が人生で主役になれるのは人生に3回だけ。そして唯一記憶があるのは結婚式だけ」というのがこの業界の殺し文句のようだが、結婚の挨拶の前に行った美容院で美容師からこの言葉を初めて聞いた私は全く心を動かされなかった上に、こう返答した。

「毎日自分が主役だと思ってるので大丈夫です」

その美容師は「え〜お客さん、そういうタイプじゃないでしょ〜笑」と言ったが、そんなことは意に介さない。

 

冷静に考えて、「人が人生で主役になれるのは人生に3回だけ。そして唯一記憶があるのは結婚式だけ」なんて、そんな人生クソくらえだと思わないのか。毎日とは言わないまでも、日々楽しく幸せに暮らさなくてなんのために生きているというのか。

 

 

じゃあ披露宴はしなくても式だけ挙げてみるか、と思った時期もあったが、ではなぜ特に信仰する宗教のない私がキリスト教神道の神に愛を誓う必要があるのか、という疑問が沸き起こった。

確かに、こういった儀式は通過儀礼として深層心理的な域で何かしらの意味があるのかもしれない。しかし、私たち夫婦にはそんなものは必要ないように直感した。

一瞬の誓いの言葉より重要なのは、日々の言動の積み重ねである。愛ある言動の積み重ねが、やがて振り返ったときに大きな愛となるのではないか。その点私たちはすでにそれができているし、これからもできる自信がある。

…とすれば何者かに誓う必要はない。

 

これまで何度か友人や親族の結婚式に出席したことがあるが、皆一体何を思いながら神に誓いを立て人前でキスなどしているのだろう、と非常に滑稽に感じた。

ともすると、その旨を新郎新婦張本人に尋ねたくなってしまい、衝動を抑えるのが大変だった。

何かに誓わなければ維持できないような愛ならば、それはままごとにすぎないのではないか。

 

 

とにもかくにも、こうした理由から私は「ほぼナシ婚」を選び、小規模の食事会を何度か行ったわけだが、これが非常に満足度が高かった。

一人ひとりとじっくり話ができる上に、お互いの金銭的・時間的負担も必要最小限で済む。

私たちだけが場の中心になるわけではなく、程よいバランスの中にお祝いムードが漂う。

自分たちが主催の場合(幸せの押し売り)と異なり、友人主催の場合、心からの祝意を感じられる。

こうした、無駄な装飾、演出がなく、シンプルに削ぎ落とされた空間にこそ、本質的な幸福が広がることをこの身を持って体感した。

皆、虚像にばかり囚われていないで、もっと本質を見つめてみたらいかが?

 

 

しかし、このご時勢にも関わらず私の周りでもご丁寧に結婚式や披露宴を行う者は少なくない。

やるのは構わんがやるならひっそり厳かにやってくれ。

間違っても遠方の友人にビデオレターなど要求するな。

こちらの祝意は本人たちに十分伝わっているはずだ。

大切な友人なら大きな負担を強いる要求をしないことこそ愛だ。

以前、さほど親しくない友人の結婚式のためにムービーを撮らされたが、その後完成したムービー本体や結婚式の様子を知らされることはなく、挙げ句の果てにその夫婦は挙式の数カ月後に離婚したというお粗末過ぎる話を聞いてほとほと呆れたことがある。招待されなかっただけマシと思うしかない。御祝儀払ってご足労した人たち、乙です。

また、比較的最近では、出演者それぞれが5〜6個ほどの素材を撮影し、それを編集者が編集して一つのムービーにするという大変めんどくさい依頼が新郎新婦の友人とやらからあった。新郎新婦とは親しく、結婚式が延期・縮小されると聞いて個人的に食事をして祝ったばかりだったので、私にとってはさらに蛇足に思えた。しかし、断るわけにもいかず引き受けたが最後、数時間は要するとんでもなくややこしい作業を強いられるに至ったわけである。

以来、ビデオレター系の依頼にはかなり躊躇してしまう。きっとコロナ禍でこういう依頼を受ける人は増えていることだろうと思うが、心中お察しいたします。

 

 

というわけで、本日またしてもビデオレターの依頼がきたので、ムシャクシャして書いた次第。

 

 

 

あ、ちなみにお恥ずかしながら夫というのは、この記事でお別れしていたお相手です。

今、ブログを振り返ってみてこんな記事を書いていたことに驚くくらいには浦島太郎です。 

人生何があるか分かりませんね…。

minotare.hateblo.jp

つわり

いまだかつて、これほどまでに自分の「お腹の虫」と対話したことがあっただろうか。

 

妊娠15週半ば。来週からやっと安定期に入る。

いつまで続くのか分からず、終わりの見えなかったつわりが、先日やっと終わったようである。

よく見かける、「出口の見えないトンネル」というのはまさにその通りだった。

私の場合、「ある日突然、霧が晴れるように」ではなかったが、確かに体調が改善していることは感じた。

そこで、初めての妊娠の初期を無事に乗り越えたこのタイミングで、これまでを少し振り返ってみたい。

 

 

昨年8月に結婚し、10月に夫との同居を始めて以来、なんとなく妊活を意識していた私は、生理前のちょっとした体調の変化に敏感だったことと、長らく生理不順だったため基礎体温を測っていたことから、生理が遅れて2日目で検査薬を試し、妊娠が分かった。

しかし、あまりにも判明するのが早すぎたため、すぐに病院には行かずただただソワソワする日々が続いた。

しかもこの時期は、受精卵の染色体異常による化学流産も珍しくないという。そのため、喜び半分、不安半分というなんとも落ち着かない日々だった。

 

5週で初めて受診し、胎嚢を確認、7週で心拍を確認した。

 

つわりは、想像していたようないきなり「うっ」となってトイレに駆け込むというものではなく、生理前にも感じるような、ひたすら泥のように眠る「眠りづわり」から始まった。

そのうち、グリルで魚を焼く匂いで気持ち悪くなり「匂いづわり」、空腹を感じるとなんとなく気持ち悪くなる「食べづわり」と順調につわり街道を歩んできた。

とくに食べづわりは、気持ち悪くなり嘔吐(えず)くものの、実際に吐くことはなく、日々検索魔になりつつも「つわりとはこういうものなのか…」と自分の身体を若干持て余していた。

とにかく、何なら食べられそうか、何を食べたい気分なのか、ということを頭や心ではなく、終始自分のお腹(胃袋)に問いかけていた。人としての尊厳を胃袋に乗っ取られいるような気分だった。

そして胃袋の答えはたいてい、「肉」および「ふりかけご飯(主に深夜0時前後)」であった。

 

ところが、11週の中頃、朝食に「牛乳・チーズ・ヨーグルト」という乳製品三兄弟を食べて横になっていたところ、今までとは少し違う気持ち悪さを感じた。

起き上がり、嘔吐きながら洗面台に向かい、「あ、これは出るやつ」と悟り、トイレに入るととうとうリバース。「吐きづわり」のバッジも獲得。

しかし、あまり嘔吐しても食道や胃に良くないのではと思い、我慢できる範囲で我慢することにした。

その後も体調は一進一退しながら徐々に良くなっていき、結局リバースしたのは4回だった。 

…と、そんなこんなで、五大つわりのうち、「よだれづわり」以外を見事コンプリートし、私のつわりは終わりを迎えた。

 

振り返ってみると、妊娠悪阻やそれに近い状態になる妊婦さんに比べれば随分軽いつわりだったように思う。実際、私の祖母は、それはそれは酷いつわりで起き上がることもできず、這うようにして移動していたらしい。

だが、苦痛の感度は十人十色であり、つわりの症状も人それぞれかつ妊娠の度に違うという声もある。そう考えると、そもそも比べること自体に特に意味はないのかもしれない。なんにせよ、お腹の子供が元気にすくすく育ってくれればそれ以上のことはないのだ。

 

 

何より助かったのは、自分自身が働いていないため好きなだけ寝られること(笑)、そして、夫が料理・洗濯・掃除・ゴミ出し…etc.なんでもやってくれること。

初めの頃こそ、「どんだけ寝るの」だの「何もせんやん〜」だの宣っていたが、「ホルモンのせいだからどうしようもないの」、「何もしないんじゃなくて、できないの」と根気強く言い返しつつ、なにかやってくれたら感謝するということを繰り返すうち、私好みの「黙ってよく動く夫」が完成していた。

ただ、夫があまりにも当たり前のように家事などを回し始めたら、それはそれで「もしかして私いらない?笑」と思うこともしばしば。自己肯定感だだ下がりの日々でした(笑)。わがままか。いや、体の中で人間を製造中なのだから仕方ない。

 

とにかくこうして、未知の妊娠初期を乗り越えることができた。

出産の恐怖や産後の子育ての不安など、今後も考えることは尽きないが、やっと迎えた安定期を謳歌しつつしっかりと準備していきたいと思う。

 

 

※余談だが、Twitterなどでつわりについて検索すると、「吐き気」や「嘔吐く」と表現したいと思われる投稿に「嗚咽」と表記されているものが散見される。語感だけで使用しているものと思われる。日本語は誤用が定着していく言葉が少なくないが、さすがにこの誤用は看過できない。ぜひ正確な意味をググっていただきたい。