道徳教育の敗北 〜モラルハザードを地で行く夫〜
私の夫はかなりのリアリストで、効率厨であり、倹約家であり、一歩間違えればサイコパスに近い利己主義である。
仕事でもプライベートでも、自分にとってロスや損失になることをとても嫌っている。
そして、ロスや損失を避けるため(自分にとって得になることのため)なら周りのことなどお構いなしなところがあり、私はヒヤヒヤすることが多々ある。
会社の就業規則なども逆手にとって法の穴をつくようなことを平気でするし、職場の人のミスで自分が得をする場合などは黙ってその状況を放置する。
就業規則などは、抜け穴を探すようなことをしていたらそのうち改定されて他の人にとっても不都合が生じる場合もあるのにお構いなしである。
職場の人のミスについては、「逆の立場だったらどうなの?そういうことをしていたら会社にいられなくなるよ」と半ギレで叱ることもあるのだが、お得意の馬耳東風で流される始末。
仕方がないので、「倫理観も想像力も共感力もお母さんのお腹の中に置いてきたんだね」といつも締めくくる。
しかし、百歩譲って倫理観も想像力も共感力も母親のお腹に忘れてきたとしても、小学校では道徳教育があるではないか。
そこで知識としてでも道徳観を身につけられなかったのかと思うが、夫の様子を見ていると道徳教育は完全に敗北している。
一方の私は、平和主義で博愛精神も持ち合わせているので、多少自分の犠牲があってもなるべく皆がハッピーになれるようにしたいと思っている。
なのでぶっちゃけ倫理観や道徳観でいえば夫とはかなり相入れない部分がある。
ただ、私の博愛精神も裏を返せば「脇が甘くなる」という側面もあり、夫の冷徹なまでのリアリストぶりに助けられている側面もある。
お互いに「それはどうなの!?」と指摘し合う時もあるが、私も夫も自分自身を変えるつもりはさらさらなく、何を言われても全く気にしないので平行線である。
夫婦としての凸凹具合がうまいことできているなと思う。
子どもたちには私たち2人の良いところのハイブリッドで育ってほしいものだが……結局生まれもったもの(遺伝)に教育は勝てないのかもしれない。