「光のアスペ」なる夫
私の夫は、共感力・想像力が壊滅的だ。
つまるところ「the 男性脳」なのだろうが、妻としてはも〜少しだけでいいので共感力を養ってほしい。
おそらくアスペルガー寄りの特性を持っているのだと思うが、あまりに情緒的コミュニケーションをとれないことで一時期は「カサンドラ症候群」になりかけていた。
ただ、「カサンドラ症候群」というのは正式な医学用語・心理学用語ではないらしいということを知ってからは、あまり考え過ぎるのも良くないと思うようになった。
アスペルガーは生まれもった脳のつくりによるもので、努力で変えられるものではない。
そもそも、「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」という言葉があるように、家族といえども他人であり、他人を変えることは不可能なのだ。
差し当たり、自分の許容範囲に収まるうちはいい意味で「諦める」ことが自分にとっても相手にとっても救いになるのだろうという境地に達した。
そんなある日、ふとTwitterで以下のツイートに出会い、「光のアスペ」という概念を得た。
私の母親、若い時に重めの性被害に遭ってトラウマになって数年引きこもってたんだけど、父親と付き合う時に意を決して被害のことを伝えたら、父親がアスペすぎて1ミリも伝わらず、「この人の前では私の暗い過去が無効化される」と安心して結婚したらしく、アスペとハサミは使いようだなと思った
— チ−カワ😼 (@hohop_p) 2024年11月7日
母親が父親のことを評価したところは
— チ−カワ😼 (@hohop_p) 2024年11月7日
・何があっても「俺なんかもうダメだ」とならないところ
・ゴキブリ並みの生命力
・「俺はいざとなったら土木工事でもトラックの運転手でもやって、お前のことだけは食わしてみせる」と口癖のように言っていたところ
・人に悪意を持たない
という、光のアスペさ
このツイートを読んだ瞬間、「これだ!」と私の中で革命が起きた。
夫は「光のアスペ」だったのだ。
アスペルガー的人間が現代まで生き残っているということは、生物学上なんらかの役割、意味、優位性があるということは間違いない。
そう思いながら夫を眺めていると、なるほど確かに私のような共感型の人間には到底できないような思考、言動が見受けられる。
そして何より、そういう夫の特性に助けられている自分もいることに気づいたのだ。
私は何かと物事を深刻に受け止めがちで、悲観的になることも少なくないのだが、そういう時に夫は「また何か悩んでんの笑」と呆れたようなバカにしたような感じで声をかけてくるのである。
一時期はそんな夫に「こいつは本当に人の子か?」と思ったほどであるが、今となっては私を壮大な悩みの深淵から現実に引き戻してくれているのだと思うに至り、むしろ感謝するまでになった。
当時はあれほど「カサンドラ症候群」だなんだと悩んでいたのが嘘のように今は穏やかな気持ちで夫のアスペぶりを微笑ましく観察している自分がいる。
何事も捉え方次第なのだと改めて悟った出来事だった。
とはいえ、頭で分かっていても腹が立つことは多々あるのだが。
ま、人間だから仕方ないよね。